秋という季節は、どうも腹が減る。
秋刀魚が焼ける匂いもいい。
きのこを炙った香りもいい。
脂ののった戻り鰹もあれば、栗や銀杏も出てくる。
夏の暑さがようやく退いて、夕暮れどきに少し冷たい風が吹くようになると、不思議なもので、冷たい酒をぐいぐい飲むより、旨いものをつまみながら、ゆっくり一杯やりたくなる。
そんな頃に出てくるのが、「ひやおろし」と「秋あがり」である。
この二つ、同じように使われることも多いが、本来は少し意味が違う。
「ひやおろし」は、春に搾った酒に一度火を入れ、夏のあいだ蔵で寝かせ、秋になって二度目の火入れをせずに出荷する酒のこと。
昔は常温のことを「冷や」と呼んだ。
その冷やのまま「卸す」から、ひやおろしである。
一方の「秋あがり」は、造り方の名前ではない。
造り方に関わらず春先には少々若かった酒が、ひと夏を越して角が取れ、旨味が増し、秋になって「いい酒になったな」という状態をいう。つまりひやおろしも秋上がりに含まれるということか。
人間も酒も、時間の流れがいい方向にはたらくことがある。
春には元気がよすぎた酒が、暗い蔵の中でひと夏じっとしている。
すると不思議なもので、荒々しかったところが丸くなり、米の旨味がふくらみ、酸も味の中へ馴染んでくる。
酒は出来上がった瞬間が完成ではない。
時が酒をつくる。
秋酒を飲んでいると、そんな当たり前のことを思い出させてくれる。
今回は、旅手箱で扱う秋の酒の中から、三本を選んだ。
同じ「秋の酒」でも、その表情はまるで違う。
それがまた、面白いのである。
1)君の井 純米 秋あがり(製造者:新潟県 君の井酒造)
配送可能国:日本、オーストラリア
雪深い土地で天保十三年から酒を醸してきた君の井酒造の、秋の一本である。
君の井の酒には、妙な派手さがない。
香りで驚かせようともしないし、一口目から「どうだ」と迫ってくる酒でもない。
だが、こういう酒は食卓に置くととても良い。
春に生まれた酒をひと夏じっくり寝かせることで、若々しかった味が落ち着き、米の旨味に丸みと深さが出てくる。
口に含めば、まず穏やかな旨味があり、そのあとを酸が静かに整えてゆく。
そして飲み込んだあとが、きれいである。
秋刀魚の塩焼き、戻り鰹、きのこの炙り焼き。
醤油や脂を使った秋の料理をひと口食べ、これを一杯やる。
酒だけが前へ出ず、料理だけも残さない。
酒と肴が互いに少しずつ旨くなる。
食中酒というものは、本来こういうものなのだろう。
冷やしてもいい、常温でもいい、
夜が少し冷えてきたなら、ぬる燗もいい。
秋の食卓の真ん中に、黙って一本置いておきたい酒である。
2)刈穂 純米吟醸 秋KAWASEMI(製造者:秋田県 秋田清酒)
配送可能国:日本、オーストラリア、台湾

秋田の酒というと、どっしりした米の旨味を思い浮かべる人もいるかもしれない。
だが、この秋KAWASEMIは、もう少し軽やかである。
秋田県産の酒米「秋田酒こまち」と秋田生まれの酵母で仕込み、春から夏にかけて蔵の中でゆっくり低温熟成させる。
そうして迎えた秋。
香りは鮮やかになり、旨味はほどよく凝縮する。
盃を口へ運ぶと、秋酒らしい丸みがありながら、純米吟醸らしい軽快さも残っている。
つまり、重たくない。
ここがいい。
秋の酒だからといって、何もすべて濃く、重くする必要はないのである。
まだ日中には暑さの残る十月。
夕方、少し涼しくなった頃に冷蔵庫から出し、冷たいところから飲み始める。
刺身でもいいし、塩焼きでもいい。
温度が少しずつ上がるにつれ、隠れていた旨味が顔を出してくる。
最初の一杯と、最後の一杯で表情が違う。
酒というものは、こういう変化を楽しめるから面白い。
ラベルに描かれたカワセミを眺めながら、秋の夕暮れにゆっくり飲む。
そんな楽しみ方が似合う酒である。
3)からくれなゐのSHIRAKIKU(製造者:京都府 白杉酒造)
配送可能国:日本、オーストラリア

さて、三本目は少し趣が違う。
京都府京丹後市、白杉酒造。
この蔵の面白いところは、酒造好適米ではなく、普段われわれが飯として食べている米を使って酒を醸すところにある。
この「からくれなゐのSHIRAKIKU」も、使う米は丹後産コシヒカリ。
しかも、全量黄麹仕込み。
春から夏を越して熟成させた、秋限定のひやおろしである。
白木久の酒には、遊び心がある。
けれど、ただ変わったことをしているわけではない。
口に含めば、コシヒカリらしいふくよかな甘みがあり、それをほどよい酸が受け止める。
熟成によって味わいは丸くなり、そこにほのかな華やかさも重なる。
昔ながらの「ひやおろし」という言葉から想像する酒とは、少し違うかもしれない。
だが、それがいい。
日本酒は昔から続く酒だが、昔と同じ酒を造り続けなければならない理由はない。
白身魚のカルパッチョにもいい。
少し脂のある魚にもいい。
チーズを使った料理などと合わせても面白い。
和食だけに閉じ込めず、秋の食卓を自由に楽しませてくれる一本である。
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秋という季節は短い。
ついこの間まで暑い暑いと言っていたのに、気がつけば風が冷たくなり、そのうち燗酒が恋しくなる。
秋あがりも、ひやおろしも、そのわずかな間に出会える酒である。
新酒のような弾ける若さではない。
長期熟成酒のような深い年月でもない。
ひと夏。
けれど、その数か月が酒は丸くなり、旨味が増し、食べ物が旨くなる季節に合わせるように、酒のほうも旨くなって出てくる。
日本酒には四季がある、とよく言われる。
せっかく四季のある国で酒を飲むのだから、その時にしか飲めないものを飲むのも悪くない。
秋刀魚を焼く。
きのこを炙る。
戻り鰹を切る。
そして、秋あがりか、ひやおろしを一本開ける。
それだけで、我々の秋の夜はずいぶん豊かになる。
内田
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